<インタビュー>コロナ禍で急成長の『ZAIKO』、ローレンCOOが語る“ボーダレス”であることの重要性
コロナ禍で苦境に立たされているリアル・ライブエンタテインメント業界の中で広まったライブ配信だが、一般普及した次を見据えた動きが、すでに始まっている。
そう話すのは、電子チケット販売プラットフォームのZAIKOだ。未曾有の危機で業界が岐路に立つ今、デジタルイベントの創出と収益化というブレないミッションを軸に、アーティスト個人のサブスク型のデジタルプラットフォームとなる「ZAIKO LABO」のローンチから、日本人コンテンツの海外展開に取り組む同社は今、アフターコロナ時代のライブ配信やチケット販売の在り方を進化させようと臨んでいる。
リアルサウンド テックでは、ZAIKOの考えるライブ配信の次の展開、国内外での展開、そして多様性ある価値観のスタッフが働くエンタメ企業の育て方について、共同創業者でCOOのローレン・ローズ・コーカーに取材を行った。
平均年齢31歳、海外国籍半数、女性率60%……多様性重視する環境のつくり方
――コロナの影響を受けて始まった有料配信ライブのサービスですが、ライブの本数やチケットの販売枚数など、現在までの実績を教えてください。
ローレン・ローズ・コーカー(以下、ローレン):これまでZAIKOで行った有料配信ライブやデジタルイベントは5000本以上。そして150万枚の配信チケットを販売しました。配信機能が始まったのは2020年3月以降なので、まだ1年も経っていません。
――2020年を振り返った時、何か印象的だった発見はありますか?
ローレン:コロナ禍で、歌舞伎や落語など伝統的なコンテンツの配信イベントが沢山ZAIKOではじまったんですね。すごく売れるイベントもあり、購入者データを見ると、60代以降の方にも多く使って頂けていることがわかりました。コロナ以前は「来場者が年配の方のイベントだと電子チケットは使えない」と言われてきたので、そういう方々にチケットを提供できるようになったのはすごく嬉しいです。
――ZAIKO創業のアイデアはどこから始まっているのでしょうか?
ローレン:元々ZAIKOは「チケットを大手プレイガイドに頼まずに、アーティスト本人が自分のプレイガイドを作れたらすごくない?」というアイデアから始まっています。今の時代、アーティストは自分の楽曲を自分でディストリビューションをできて、PVも撮れるし、イベントも企画できるんですが、自分でチケットシステムは作れないし、ゼロから作るとなると費用も高額なものになってしまう。
だからこそ、その技術をZAIKOが作っているんです。インフラを用意して、好きなものを好きなタイミングで直接ファンに販売できますし、、そのファンデータをアーティストが管理していく。D2C(Direct to Consumer)ブランドやサービスは今、数多く育っています。ZAIKOでは、ライブ・エンターテイメント業界の構造を踏まえてD2F(Direct to Fan)というビジネスモデルを確立しています。Bandcampのようなモデルが近しいかもしれませんが、ZAIKOでは、直接ファンにチケットを販売できるツールを作りたかったんです。
――たしかに、プレイガイド的な視点でのチケット販売やライブ配信サービスという考え方ですが、ある意味でデジタル音楽ディストリビューターの目線でのコンテンツ販売も可能にしていますね。
ローレン:そうかもしれません。音楽でいうと、デジタルディストリビューターのTuneCoreに近いんですよ。TuneCoreが好きなアーティストはZAIKOも好きでいてくれることが多いです。逆に、全部お任せしますというアーティストたちは、プレイガイドにお任せしているように思えます。アーティストの規模という意味では、将来の音楽業界はどんどんインディペンデントになっていくと思っていますし、今のインディペンデントアーティストがやってることを、将来、メジャーアーティストも真似するようになっていくと考えています。そのとき、「D2F」というワードは間違いなくトレンドになるでしょう。
――ここからはZAIKOの社内事情を色々教えていただこうと思います。運営チームはどれ位増えていますか?
ローレン:会社設立が2019年なので、2年が経ちました。社員は1年前には15人でしたが、今は70人程度に増えています。ZAIKOはまだ数人しかいないと思っている人が今でも多いですが、ようやく中小企業レベルまで育ってきました。
――どういう人材構成で運営されていますか?
ローレン:エンジニアが10人ほど。アカウントマネージャーと新規営業が10人強。配信運用チームが5人ほど。問い合わせ対応やカスタマーサポートも10人近く。他にはビジネス開発や経理、人事もいます。最近はマーケティングチームもようやく作りました。このペースで増やそうとしています。今も募集中のポジションが10以上あります。
――どのような経歴を持った人が転職してくるのでしょうか。凄く興味あります。
ローレン:元々大手レコード会社や有名事務所で働いていた人が多いです。エンジニアにはFacebookで働いていた人が複数います。カスタマーサポートは旅行業界の経歴を持っている人が多いです。
――社内に次々と人が入ってくると、経営者としてまとめるのは大変そうですね。
ローレン:経営者としての一つの目標としては、フレキシブルな仕組みで、しっかりスタッフに権限を渡すことを意識しています。日本の会社だと、若い人たちがチャンスをもらえなかったり、40代にならないと管理職になれないとか、よくありますよね。でも、ZAIKOだと20代でもやる気があれば様々なことにチャレンジすることができます。弊社社員の平均年齢は31歳くらいとかなり若いチームです。
――日本人以外のスタッフさんも多いと聞きました。
ローレン:そうですね。社員の半数が海外国籍です。韓国人、台湾人、中国人、香港人、フランス人、ペルー人、モロッコ人、他には、イギリス、アメリカ、オーストラリア出身のスタッフもいます。
――ZAIKOの企業理念の一つとしてダイバーシティ(多様性)がWebサイトで紹介されているのを読みました。多様性をどう扱うかというのは、今の音楽業界の中でも、国内外関係なく問題になっています。
ローレン:女性の副社長として誇りに思う会社を作りたいです。その意味で多様性は凄く大切であると考えています。今の社員の女性率は60%近く。エンジニアも女性が40%。採用前から、営業やエンジニアが男性だけにならないように女性を必ず入れましょうと決めています。後から女性だけ採用とか、絶対できないんですよ。その前に社内の文化が固まってしまって、優秀な女性を見つけても、絶対に居心地が悪くなるんです。海外籍のスタッフも1人じゃなくて複数人採用しています。海外籍スタッフが1人だけとか、女性が1人だけというのはダイバーシティとは言えません。採用プロセスの最初から意識しなければいけないと思っています。
――ライブ配信、電子チケットに話を戻すと、日本の音楽業界、特にレコード会社との連携などは進んでいますか?
ローレン:最近、弊社がACPC(コンサートプロモーターズ協会)とFMPJ(日本音楽制作者連盟)の賛助会員になりました。今はいろいろな事務所さんやレーベルさんから仕事を頂いています。例えば、ポニーキャニオンさんには頻繁にZAIKOを利用して頂いて、ZAIKOにて専用のオリジナルページを作って運営しています。
――ライブ配信や電子チケット販売に魅力を感じてくれるファンや一般消費者は増えたと思いますが、音楽業界の関係者はどうでしょうか?
ローレン:例えば、ライブハウスで数百人、数千人が集まるアーティストは、配信ライブでもちゃんとお金が入るだろうし、デジタルイベントの方が儲かる場合もあると思います。ですが、スタジアム級のアーティストだと収入があがらない。業界はどうしてもリアルイベントと比べてしまうので、デジタルイベントに魅力を感じるまでまだ時間がかかると思います。
――デジタルイベントには、どんなアーティストや企業が向いていると思いますか。
ローレン:デジタルに慣れているファンと繋がれる人たちですね。最近、ZAIKOで成功しているクライアントを見ると、「配信ライブ」から「デジタルイベント」に考え方が進化してきた人が増えています。今から実験的に色々やってみる人たちが将来は勝ち残っていくと思います。
音楽ではないですが、KADOKAWAさんは書籍出版イベントをファンイベントのように作り込んで有料配信しているんですよ。今までそういうイベントは少なかった。これまでは店舗のイベントも、すごく限られた人しか参加できなかった。けれど、デジタルイベントにすると、全国から、全世界から参加できる。リアルイベントにできないこともできる。デジタルイベントは新しいビジネスチャンス、と感じている人はたくさんいます。配信ライブという言い方は、そろそろ古くなってきているかもしれません。
――オンラインライブとかデジタルイベントを企画するアーティストですが、事務所もマネージャーもいないインディペンデントアーティストが配信するのは、どれほど浸透していると思いますか? また、日本だとプラットフォームをアーティストが使うことに、まだ抵抗感があるのかなとも思っています。個人のクリエイターやインディペンデントアーティストが有料ライブ配信やチケット販売を使うハードルをさげることはできると思いますか?
ローレン:ひとつ気になるのは、最近、配信チケットの料金が少しだけ高くなってきた点です。2020年春のZAIKO初期はceroのライブで1000円でした。今は3000円とか4000円のイベントがすごく増えた。コストもプレッシャーも増えると企画側が感じているとすれば、それがハードルの一つかなと思います。
ZAIKOの特徴は、どのアーティスト層も気軽に使えるところです。ファン100人のアーティストさんでも、ほぼ初期導入やイベント企画に費用をかけずに、有料ライブ配信イベントができるようになったことだけでも、実はハードルがものすごく下がったんです。なので、そういうインディペンデントな人たちにもっと実験的に使ってもらえればと思っています。
――なるほど。今ではインディーズのアーティストやクリエイターから、ドーム級のアーティストまでがZAIKOを使っていますね。
ローレン:配信ライブをやると、リアルライブの集客が悪くなるとの意見をよく聞きますが、私たちは逆だと思います。上手く配信ライブをやれば、ファンに直接チケットを販売できてちゃんと収入にも繋がり、アーティストとファンの距離感が縮まるので、リアルライブの集客も増やせるはずです。アーティストの方は、リリースが無いからライブができないのではなく、リリースがない時には違うことをやるように変えていくことが大切だと思います。インディペンデントアーティストや個人のクリエイターにもチャンスがあるので、ぜひ有料ライブ配信やデジタルイベントにチャレンジしてみてほしいです。
――配信に対応したライブハウスも今後増えていきそうですので、映像コンテンツを収益化するツールの選択肢を模索する需要も伸びそうですね。
ローレン:ZAIKO LABOという、映像を中心とした独自デジタルコンテンツをサブスクリプションでファンに直接届けることができるサービスも始めました。今まで2次収益化がかなわなかったライブのアーカイブ配信や、デモ映像、リハーサルを、ZAIKO LABOを使って有料会員のみに公開することができます。また、会員しか見れない配信ライブを行うこともできます。継続的に映像コンテンツを収益化できるシステムなので、アーティストや配信者を応援してきたいです。
アーティストが“自分だけのNetflix”を作れるようになれれば理想
――ZAIKOが今後、強化を目指している領域を教えてもらえますか。
ローレン:ボーダーレスをテーマにしています。日本以外の国に、台湾や韓国、東南アジアでマーケティングパートナーやPR会社、メディアなどと、現地の通貨と言語で対応したネットワークを作っています。現地のパートナーが、ローカルのSNSで情報を出したり、キャンペーンを作ってプロモーションできるようになってきています。
――12月にDua LipaのグローバルライブイベントをZAIKOが日本でチケット販売していました。その時も台湾や香港とか他国と連携する形になってましたね。
ローレン:あのイベントを経験し、現地と繋がるネットワークの大切さを感じました。また連携する国が増えれば、勉強することも増えてきます。国別の配信チケットの価格設定はどうか。音楽ファンはどこで情報を見ているか。海外の詐欺やセキュリティの問題。使ってもらいやすい決済システムなど。
例えば料金設定に関しても、日本では4000円のチケットが売れても、インドネシアだと絶対に4000円は払ってもらえません。せっかくオンラインで参加できるのに、ファンが絶対に支払えない金額に設定してしまっている。そういう部分を改善する国同士のネットワークを強くして、グローバルデジタルイベントを日本で開催できるシステムをZAIKOが作っていきたいです。
――日本の音楽業界にいると、なかなか見えにくい課題ですね。
ローレン:日本の方にも「海外で日本人アーティストや邦楽をプロモーションするなら、現地のエキスパートを頼りましょう」と知ってほしいです。どうしても日本の会社や仕組みに合わせたい、日本と同じ料金設定にしたい、日本のプロモ素材を海外でも使いたい。こういう話もよく聞きますが、現地に合わせたほうが絶対に効果的です。日本の価格設定、プロモーション、宣伝方法だけで考えると、成功しにくいと最近感じています。日本の音楽を海外に出していくことも、弊社のミッションの一つなので、今年取り組みたいチャレンジですね。
――日本国内では次はどの領域で製品開発を進めていきますか?
ローレン:先日公開されたばかりのお話ですが、ZAIKOと映像プロダクションがチームを組んで、ライブハウスにアーティストを招いてライブをしてもらったり、思い出話を語ってもらうなど、「場所」や「アーティスト」のコンセプトに焦点を当てたドキュメンタリーとアーティストライブを配信するプロジェクト「In:Depth」を3月からスタートする予定です。日本各地のライブハウスの運営者さんにも参加頂きます。定額制で配信していくので、ライブハウスの方とも関係性を継続していきたいです。
――色々な映像コンテンツを自ら制作していくことを考えると、映像サブスクリプションとも親和性が高そうなプロジェクトですね。
ローレン:将来的には、アーティストやクリエイターが自分のプレイガイドを持って、自分だけのNetflixのようなデジタルプラットフォームを作れるようになれれば理想ですね。映像だけじゃなくて、ブログやオウンドメディアだったり、ファンとディスカッションできたり、オンラインで交流したり、定額制の中でファンとのタッチポイントを増やすことも目指したいです。それが、D2F(Direct to Fan)モデルなのかなと思います。
――「自分だけのNetflix」という表現は分かりやすいですね。
ローレン:最近、ZAIKOが将来どういう会社になりたいか、と聞かれる事が増えてきました。ZAIKOは、チケット版Spotifyを目指しているかとか、メルカリのようなスタートアップを目指しているかと聞かれるのですが、私が目指していきたいと思っている企業は、ソニーですね。日本育ちの企業ですが、グローバルで存在意義があって、技術とエンターテインメントが両立できて、海外製品の日本版を作るのではなくて、日本製品を世界中に普及させることを考えると、ソニーのようなスピリッツかなと最近考えてます。