電子チケット販売に自由を。ZAIKO COOが見据える「D2F」という勝ち筋

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ZAIKO取締役COO Lauren Rose Kocher氏

ライブの軒並み中止や、配信コンテンツの伸びなど、コロナ禍はエンタメ業界に大きな変革をもたらした。そんななか、大きな存在感を見せているのが、電子チケット販売プラットフォームの「ZAIKO」だ。

ZAIKOは、電子チケットの発券から販売、さらにはコンテンツの配信までを一気通貫で提供。音楽ライブや演劇などに加えて、落語やスポーツの副音声配信、映画の公開イベントなど、扱うジャンルも幅広い。

2020年3月には、コロナ禍によりリアルイベントが軒並み中止になるなか、いち早く電子チケット制の有料ライブ配信事業を開始。これまでに累計100万枚以上の配信チケットを販売、3500件以上のオンラインライブを配信してきた。

そんな急成中のZAIKOが軸とするのが「D2F(Direct to Fan)」という考え方だ。イベント主催者やアーティスト自身が独自のチケット販売ページを作成できるようにしたことで、販売期間や配信仕様などの自由な設定が可能になった。

さらに、これまでブラックボックス化していた(個人情報を除く)すべての顧客データをイベント主催者に提供。ユーザーの属性や趣向の詳細な分析を可能にした。

なぜZAIKOは、アーティストによる直接販売にこだわるのか。ソニー・ミュージックエンタテインメントの事業開発に携わった経験もあるZAIKO・COOのLauren Rose Kocher氏に話を聞いた。
 
──なぜZAIKOというサービスを立ち上げたのでしょうか?

私は日本の大手レコード会社で働いていたときから、ずっと、既存のチケット販売のシステム自体が「アーティスト・ファーストではない」と感じていました。

チケット販売をプレイガイドに委託すると、販売ページには多くのアーティストのチケット情報が並列されるため、ファンがほしい情報になかなか行き着くことができない。さらに、チケット購入に関する顧客データもプレイガイド側に蓄積されるため、アーティスト側がそれをマーケティングなどに活用できることもなく、情報がブラックボックス化していたことも、大きなロスだと思っていたんです。

アーティストが世界中のファンに向けて、直接チケットを販売し、コンテンツを配信できるようなプラットフォームをつくりたい──。

そんな思いから、ZAIKOという会社を立ち上げてプラットフォーム開発を進め、2019年の1月にサービスを開始しました。

ZAIKOが提供するのは、いわゆる「ホワイトレーベル型」のプラットフォームです。大手プレイガイドの多くが、決められたチケット販売用のホームページを用意するのに対して、ZAIKOでは、イベント主催者やアーティストが独自の販売ページを作成できるため、チケット販売期間や配信の仕様などを自由に設定が可能になっています。
 
アイドルなら可愛らしく、ロックバンドなら黒で統一など、販売ページのデザインも自由に決められる。アーティストやイベント主催者の世界観や魅力を最大限に引き出すことで、ブランディングにも役立つでしょう。

アーティストは自身のオリジナルの販売ページをSNSなどで宣伝でき、実際、ZAIKOで販売しているチケットの4割は、アーティスト本人のTwitterを経由して購入されています。


──「D2F(Direct to Fan)」の仕組みづくりは、これからのチケット市場にどのような変化をもたらすでしょうか?

これからの時代は、デジタルマーケティングのためのユーザーデータがすごく大切になってくると考えています。アーティスト自身が、そのデータを使って、さらなるビジネスを展開することが当たり前になるでしょう。

ZAIKOでは、直接ファンにチケット販売できるため、CRMツールを通して購買層のデータを見ることができます。それを分析すれば、自分たちのオーディエンスの特性がわかる。それを生かして新しい企画を立てたり、グッズを販売したり、アーティスト自身がしっかりマネタイズし収益化できる方法を考えることが可能になるでしょう。

レコード会社がデータを持っている場合もありますが、私の経験からすると、そのデータをアーティストに直接見せることはしない場合が多いと思います。情報共有しないほうが、会社側がアーティストに対して立場を強く保てることも考えられます。

しかしこれからは、インターネットによってそれが許されなくなる時代になるでしょう。情報の透明性を求めるアーティストやクリエイターがスタンダードになるはずです。

先日、ミュージシャンのカニエ・ウエストが、レコード会社との契約内容をツイッターで公開しましたよね。これは極端な例かもしれませんが、これからは、情報を隠したままアーティストが不利になるような売り方をすることはますます難しくなってくるのではないでしょうか。

ZAIKOは、「自由」と「透明性」を求めるアーティストから信用してもらえるツールでありたいと考えています。これからもアーティスト・ファーストを実現する機能をさらに充実させていく予定です。


──レコード会社の役割も変わっていきそうですね。

音楽業界もアーティストのマインドも、すごいスピードで変わり始めているし、この変化はこれからますます加速すると私は考えています。

⾳楽業界では、⼤⼿会社がアーティストから「権利」を譲渡されることで、コンテンツを利⽤・マネタイズする権利を得てきました。今まではそれでビジネスが成り⽴っていましたが、これからはアーティストが⾃分でつくったものの権利を⼤⼿に譲渡せずに、⼀部の売り上げだけを渡すことができるようになるのではないかと思います。

そして、音楽に限らず、いつでも人々の体験を大きく変えるのは、業界のど真ん中にいる既存の大企業ではないんですよね。映画や音楽の楽しみ方に革命を起こしたのはNetflixやSpotifyであって、ハリウッドでもなければ大きなレコード会社でもない。スタートアップ企業が変えたわけです。

IPをたくさんもっている側は、それを守らなければいけないという力のほうが大きくなってしまって、実験的な新しいビジネスモデルを生み出すことがなかなか難しいのかもしれません。挑戦できるリソースはたくさんあるはずなのに、動けなくなってしまう。

だからこそ、小さいスタートアップである私たちZAIKOが、勇気を出して、今までなかったようなものをスピーディにつくらないと! 早く走ることが私たちの役割。エンタメ業界の将来を担うであろうサービスを今つくっているんだと思っています。


──NetflixやSpotifyのように、世界で使われるプラットフォームを目指しているということですね。海外市場に対する可能性については、どう考えていますか?

もちろん、海外のお客様に対しても、最初からとても意識してつくっています。

ZAIKOは元々、インバウンド需要を見据えてサービスを準備していたこともあり、すでに多言語対応機能、多通貨決済機能を実装しています。約8億人のユーザーがいる中国最大の音楽ストリーミングプラットフォーム「QQ音楽」とも業務提携を結び、中国国内へのライブ配信も可能になりました。

配信だと、海外のお客様も日本のファンと同じタイミングでライブが楽しめるのがいいですよね。これからは、海外にいるファンも無視しないことが当たり前になるでしょう。

サービスとしてのグローバル性はもちろんですが、会社組織としてのZAIKOも多国籍です。現在スタッフは45人ほどいますが、日本人は半分。もう半分がアメリカ、フランス、イギリス、台湾、香港、韓国、ペルー、モロッコなどさまざまなバックグラウンドです。またエンジニアを含めて、女性が半数以上であることも意識して、チームをつくってきました。

でも正直、バックグラウンドが違う人と働くことは、決してラクなことではないんですよね。お互いに我慢しなければいけないこともあるし、言葉や文化が違うと一瞬効率が悪くなったように感じるものです。でも「違い」は多くのアイデアを生みますし、強い組織でいることができます。苦労よりもベネフィットのほうが断然大きいですから!


──これからはどんな部分に力を入れていこうと考えていますか?

1つは、サブスクリプション型プレミアム会員サービスを使った新たなサービス展開です。11⽉4⽇には⽉額 600 円でアーカイブ視聴期間の延⻑ができたり、ZAIKO内で過去にオリジナル配信されたライブコンテンツをいつでも視聴することができる「ZAIKO アンコールシアター」を楽しめたりする会員サービス「ZAIKO アンコール」をローンチしました。

アーティストがライブ映像の二次利用でマネタイズできるる仕組みは、業界初の試みです。そのほかにも、自分たちのファンクラブをつくったり、それをプレミアム有料会員化したり、VIPサークルを立ち上げるなど、この「会員制サブスク機能」を活用した新しいビジネス展開が自由にできるようになります。

つまり、このシステムとチケット販売を組み合わせれば、そのアーティストだけの「体験価値」をつくって売ることができるようになるということ。

ZAIKOのサービスは裏でシームレスにつながっているので、自分たちだけのファンとの繋がり方をいろいろと展開できれば、エンタメ業界のビジネスモデルも大きく変えていけるのではないかと考えています。

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Lauren Rose Kocher(ローレン・ローズ・コーカー)◎ZAIKO取締役COO。1986年アメリカ生まれ。2008年シカゴ大学卒。同年に来日し、翌年コンサート・プロモーターの株式会社キョードー東京入社。2013年から株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントにて新規事業や渉外を担当。
 
 
文=松崎美和子、大竹初奈 写真=小田駿一
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