有料ライブ配信が拓く未来 応援したい音楽ファンのニーズに合致
新型コロナウイルス感染拡大の影響と政府の要請もあり、2月下旬あたりから多くのイベントが開催中止・延期の自粛措置を取り始めた。そういった中、アーティストが動画配信プラットフォームを通じて“無観客ライブ”を生配信する試みも続々と始まった。しかし生配信における課金システムが整備されていなかったことから、その多くが
新型コロナウイルス感染拡大の影響と政府の要請もあり、2月下旬あたりから多くのイベントが開催中止・延期の自粛措置を取り始めた。そういった中、アーティストが動画配信プラットフォームを通じて“無観客ライブ”を生配信する試みも続々と始まった。しかし生配信における課金システムが整備されていなかったことから、その多くが無料配信にとどまっており、収益も"投げ銭"に頼るものがほとんどだった。
「STAY HOME」が推奨される状況下では、ライブ配信は家で楽しめるエンターテインメントとして最良の手段の1つだと言える。しかし、そこに収益が発生しなければアーティスト活動はもとより、ライブエンターテインメント業界全体が疲弊してしまう。3月頭に行った「オリコン・モニターリサーチ」の調査結果(
音楽ファンは課金したい! 自粛で見えてきたエンタメファンのニーズ参照)でも、「主催者やアーティストの収入につながる形で支援したい」という声が多く見られた。
そこで今回は、この事態を受けて「チケット制による有料ライブ配信サービス」の提供をスタートしたデジタルプラットフォーム事業者と、いち早く活用したアーティストの事例をレポートする。
Yahoo!Japanニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200501-00000303-oric-ent
多言語対応の電子チケット販売プラットフォーム「ZAIKO」は、電子チケットにライブ配信のオプションが付けられるサービスを3月6日より提供している。チケット料金はもちろん、アーカイブ期間やコメントの有無、投げ銭システムなどは主催者が自由に設定できる。配信はYouTube、Vimeoを通じて行われ、今後はそのほかの動画配信サービスとの連携も検討中だ。
ZAIKOでは通常のチケットに「初期費用・ランニングコスト不要」を謳ってチケットの発券・管理サービスを行っており、有料ライブ配信のオプションについては初期費用のみで、ランニングコストは不要とした。
そのため現時点では、主催者側の費用負担は従来通り、チケットの売上枚数に応じた手数料となっており、主催者の希望があれば、ライブ終了後もアーカイブ映像を有料(チケット制)で配信するサービスも提供される。そのほか“投げ銭”機能も付帯されており、ライブの前(チケット販売時)、中(ライブ開催中)、後(終了後やアーカイブ視聴時)に“投げ銭”することも可能だ。
「ライブの<前>は応援の意味合いが大きいでしょう。<中>はライブの感動した瞬間、<後>はライブの余韻と、同じ_”投げ銭"でも感動の種類によって投げられるタイミングは違ってくると思います。主催者やアーティスト側には、『いつ、どんなタイミングで』投げ銭されたかといったデータもお渡しできますので、オーディエンスの行動や心理の分析、ライブの構成などの参考としてもご活用いただければと考えています」(ZAIKO株式会社・大野晃裕氏)
■スピード感の中で大成功を収めたceroの有料ライブ配信
ZAIKOで有料ライブ配信を行った第1弾アーティストとなったのが、ワンマンツアー中だったceroだ。2月24日の名古屋公演は無事終えたものの、以降の公演はすべて延期となった。
「仙台公演の延期を決めたのとほぼ同じタイミングで、ZAIKOの有料ライブ配信サービスの提供が始まったことを知りました。そこで、3月9日に社内ミーティングでライブ配信の実施を決定し、翌10日にZAIKOさんと打ち合わせをして、13日の本番を迎えました。その間、実質5日間しかなかったのですが、ZAIKOさんの柔軟な対応でストレスなくスムーズに行うことができました」と、所属事務所カクバリズムの仲原達彦氏は振り返る。有料ライブ配信を行った3月13日は、仙台公演の予定だった。
ライブの尺は1時間。チケット料金は1000円で、チケット購入時に500円単位の"応援投げ銭"もできる仕組みとした。因みに、本来行われるはずだった仙台公演は、700人キャパのライブハウスで、チケット料金は4000円(プラス1ドリンク)だった。
「初めての試みであったのと、通常のライブより短い尺で行うため、チケット料金は1000円としました。会場費や機材費、人件費など赤字を覚悟していましたが、とにかくやってみることで見えてくるものもあるだろうと、トライアルの意味合いも大きかったですね」(カクバリズム・仲原氏)
告知期間はわずか2日だったが、結果的に5000枚を超えるチケットが購入された。ZAIKOの「日・英・中・韓の多言語対応をしている電子チケット販売プラットフォーム」という特性から、海外からの視聴も多かったという。
■ライブ配信の盛り上がりを「ライブ自粛特需」に終わらせない取り組み
「止むを得ず」という形で始まった有料ライブ配信だが、結果としてアーティスト/オーディエンスともに反応は極めてポジティブなものだった。ライブエンターテインメント業界は、今まさに「キャパの制限がない」「会場に足を運べない人にもライブを届けられる」といった有料ライブ配信のメリットを経験しつつある。
とは言え、カクバリズムの仲原氏は「今はライブの飢餓感や物珍しさもあって、見てくれているのかも?」とも推測している。有料ライブ配信を単なる「ライブ自粛特需」に終わらせず、さらに発展させるためにはどんな取り組みが必要なのだろうか。
「生のライブとは違うコンテンツとしての価値と魅力のあるものを届けること」が1つの鍵と語るのは、映像作家でもある仲原氏だ。この事態が収束した後に『現場に行けないわけではないが、配信でライブを見たい』という選択肢があることを提示するためにも、単なるライブ中継ではないものを見せたかった。そういう意味でも、今回のceroの有料ライブ配信は映像のクオリティや内容も含めて、『60分の映像作品』を意識したところが大きかったですね」(カクバリズム・仲原氏)
生のライブはこれからも魅力的なものであり続けるだろう。だからこそ重要なのは、ライブ配信を生のライブの代用・補完で終わらせない発展的な発想だ
■5G導入によって拡がるライブ配信の可能性とライブエンターテインメント市場の未来像
2020年に導入される予定の5Gによって通信速度や通信容量はさらに発展し、ライブ配信もよりリッチなコンテンツを届けることが可能となることが予想される。また、ZAIKOは社内エンジニアが内製でシステム開発をしており、主催者やアーティスト側のニーズをヒアリングし、スピード感のあるサービス充実に努めている。事実、有料ライブ配信サービスを開始後から1ヶ月も満たない間に、数々の新機能が実装されている。
「日本のアーティストは席種によるチケット価格の差をつけにくい事情があるかと思いますが、配信ライブであれば、よりリッチなサービスを付加したプレミアムチケットも販売しやすくなると思います。たとえばリアルイベントと、それをライブ配信で視聴するファンの間でのコミュニケーションが可能になるようなプレミアムな視聴体験も、5G導入によるテクノロジーの進化により、インタラクティブ機能を実装すれば提供できる日が来るでしょう」(ZAIKO・大野氏)
「複数のアーティストが出演するフェスや対バンライブであれば、たとえば、1組だけ視聴するなら◯円、3組で◯円、通しで◯円というふうに、オーディエンスが観たいアーティストを選べるチケットを販売するのも有効かもしれません。チケットの選択肢が増えれば、それだけユーザー層も広がるのではないでしょうか」(カクバリズム・仲原氏)
二者ともに「まずはライブ配信を体験してみて、その上で見えてきた『こんなこともできないか』といったアイデアやニーズを聞かせてほしい」と呼びかけている。
有料音楽ライブ配信の取り組みは始まったばかりだけに、チケット料金や告知方法、コンテンツ内容など、未だ手探りの状態ではある。しかし、テクノロジーの進化によって、新たな体験を享受できる日が近いことも確かだ。上手く運用することで、必ずやライブエンターテインメント市場もより豊かなものとなっていくだろう。
「STAY HOME」がいつまで続くのか、現状では見えてこない。だからこそ、この機会に有料ライブ配信の試みが広がることに期待したい。主催者やアーティスト側のコスト負担が少なく収益が見込めるのはもちろん、多くのトライアルが積み重なることで、ライブエンターテインメント業界の未来に繋がる知見もより深まるはずだ。
(文・児玉澄子)